その4 3と6が健康のカギ

オメガ3とオメガ6という生化学の専門用語が、日常語として使われるようになってきました。油の種類を表す用語ですが、オメガ3とオメガ6と呼ばれる油はともに、私たちの体で作り出すことができないため、食事で摂取するしかない、とされていて、この3と6の摂取比率が、体のコンデションの良し悪しを大きく左右するようです。
オメガ3とオメガ6は植物が作る油で、一般的にはオメガ3は葉や根に多く、特に葉緑素の近くに集中するのに対し、オメガ6は種や実に多く含まれます。また、海のプランクトンはオメガ3を圧倒的に多く含んでいます。ですから、海に囲まれて、伝統的に海藻や魚介類を多く食べていた日本では、この海からのオメガ3と、オメガ6が比較的多いコメなどの穀類が組み合わさって、長い間、3と6の摂取バランスがいい時代が続いていたと思われます。海から離れた山の近くでも、オメガ3の比率がとても高いクルミやシソが採れたため、バランスが崩れることはありませんでした。
この〝理想比率〞が大きく崩れたのは、揚げ物や炒め物が食事の主役となり、その調理に植物油を使い始めてからです。オメガ6の比率が圧倒的に高い植物油を、高い順に並べると、サフラワー油、ひまわり油、とうもろこし油、大豆油、米油となります。調理用だけでなく、サラダにかけるドレッシングも市販のものは多くが、オメガ6の比率が高い油を使っています。さらに、肉食が増えた日本人の魚離れが進み、オメガ3の摂取が減ったことも、〝理想比率〞の崩壊に拍車をかけたようです。
生化学・栄養学者のジェフリー・ブランド博士の調査によれば、アメリカ人のオメガ3とオメガ6の摂取比率は、1850年ころには2対3くらいだったのが、1980年には1対と大きく崩れています。1980年ころはアメリカ人の〝不健康〞が社会問題化していたわけですが、いろいろなものが〝アメリカ化〞して、アレルギーやがんなどの慢性病が蔓延している今の日本を見ると、オメガ3とオメガ6の摂取比率は、この極端なアンバランスに近づいているかもしれません。
なぜ、オメガ3とオメガ6の摂取比率が重要なのか。その理由のひとつは、これらの油が、炎症や血液の固まりやすさなど体の様々な生理作用を調整する物質の原料になっているからです。植物やプランクトン、海藻から摂取されたオメガ3とオメガ6はそれぞれ、人間など動物、魚介類の体の中で加工され、形と性質が何段階かに変化します。ですからオメガ3もオメガ6もそれぞれ、動物や魚介類の体の中では、いくつかの種類が存在します。
これらの中で、生理作用調整物質の原料となるのは、オメガ3のひとつ(エイコサペンタエン酸、EPAと呼ばれます)と、オメガ6の二つ(ジホモ-ガンマ-リノレン酸と、アラキドン酸)です。世界中の栄養素に関する生化学の研究論文の多くを収集していた、栄養・料理研究家の丸元淑生氏によれば、炎症を推進するように作用するのが、アラキドン酸を原料にする調整物質です。逆に炎症を抑制するのは、ジホモ-ガンマ-リノレン酸を原料にする調整物質で、両方ともオメガ6系です。これに対し、オメガ3系のEPAからできる調整物質は、炎症の推進を穏やかに、やさしくゆっくりと進めるように調整します。
また、花粉症やアトピーなどのアレルギー症状を重くするのはアラキドン酸系調整物質の働きで、アレルギー症状を軽くするのはEPAからできる調整物質です。ですから、アラキドン酸が減るほど、EPAが増えるほど、アレルギーの症状が軽くなることが期待されます。さらに、ジホモ-ガンマ-リノレン酸が原料となる調整物質は、アレルギー症状を引き起こす物質のひとつであるヒスタミンの放出にブレーキをかけるようです。
ですから、アトピーや花粉症の症状を抑えるには、油に関しては、「EPAの多い魚をたくさん食べるか、EPAのサプリメントを摂取するうえに、ジホモ-ガンマ-リノレン酸にすぐに変化するオメガ6を多く含む月見草油を摂取することだ」と、アメリカの栄養学の第一人者、ジョナサン・ライト医学博士は指摘しています。
さらに、肉食が炎症に拍車をかけているようです。動物の肉は、オメガ6系の油を含みますが、特に穀類で育った動物の肉は、アラキドン酸の比率が高いことが分かっています。これに対し、自然に牧草で育った〝グラス・フェッド〞の牛や馬は、オメガ6の比率が低いため、アラキドン酸の含有量も少ないのが特色です。ステーキをどうしても食べるなら、炎症気味か、アレルギー症状のある人は、グラス・フェッド・ビーフがよさそうです。
また、オメガ3とオメガ6の摂取比率を是正することも非常に重要です。1対の比率にまで崩れている人がいいバランスに回復するためには、オメガ3の多い亜麻仁油などをドレッシングに使ってオメガ3を多少増やすくらいでは、とても追いつきません。オメガ6を減らす工夫も必要です。特に、日本の常食となってしまった揚げ物、炒め物に使っているオメガ6の植物油を減らさない限り、〝理想比率〞を達成するのはまず無理です。

オメガ6の多い植物油を、揚げ物や炒め物に使うのには、さらに深刻な問題が潜んでいます。それは、オメガ6が、非常に酸化しやすいことです。しかも、揚げたり炒めたりするときの熱が高ければ高いほど、さらに酸化を進行させます。また、オメガ3も非常に酸化しやすい油です。酸化した油を体に入れると、健康を脅かす様々な問題を引き起こしますが、特にオメガ3とオメガ6は細胞膜の主成分ですので、細胞膜の酸化が広がるのは、へたをすると致命的です。
この酸化を防ぐため、揚げ物や炒め物用の植物油に、水素添加しているものが、トランス型脂肪酸と呼ばれる油です。マーガリンやショートニングに使われている植物油もほとんどがこのトランス型です。ところがトランス型脂肪酸は、酸化はしにくくなったものの、別の大きな問題を引き起こすとされ、マクドナルドなど大手企業が、アメリカなどで次々と、水素添加したトランス型脂肪酸の使用中止を決定しています。
そこで見直されているのが、非常に酸化しにくい飽和脂肪酸です。飽和脂肪酸を多く含むのは陸上の動物系の油ですが(魚介類はオメガ3が多く、飽和脂肪酸は少ない)、動物系の飽和脂肪酸は消化がしにくいうえに、血液をべっとりさせやすい長鎖脂肪酸の比率が高いので、摂りすぎは好ましくありません。そこで、がぜん注目を集めているのが、ココナッツオイルなどに多く含まれるMCT(中鎖脂肪酸)です。
中鎖脂肪酸は非常に酸化しにくい油で、消化も比較的スムーズなうえ、オメガ3、オメガ6、長鎖脂肪酸に比べ、ケトン体に変換されやすい油です。ですから、中鎖脂肪酸の比率が極めて高いココナッツ・オイルは、揚げ物や炒め物に使っても酸化しにくい、植物油から置き換えることでオメガ6の摂取量を大幅に減らせる、糖分に代わるエネルギー源となる、というたくさんの特典によって、ケトン食の要であるうえ、健康志向の間で急速に普及している油です。