その5 ベジタリアンとミータリアン

健康志向発祥の地、アメリカのカリフォルニア州でこの4、5年、最も増えたレストランは「ヴィーガン食」です。ヴィーガンとは完全菜食という意味です。本来は菜食という意味のベジタリアンが、チーズやバターなどの乳製品を始め、卵、魚介類、鶏肉などまでも含むようになり、牛や豚などのいわゆる赤肉さえ食べなければベジタリアン、という骨抜き状態に反発して出てきたのが、ヴィーガンという言葉です。
ベジタリアンと言いながら、赤肉以外の動物系食品(鳥も魚も動物です)を平気で食べるほど、欧米では、動物抜きの食事は考えられません。朝はベーコンたっぷりの目玉焼きにトースト、昼はハンバーガーにミルクシェークで、夜はステーキをほおばった後に、こってり甘い巨大なケーキがデザート、というのが典型的なアメリカの食事でした。これだけ動物系に偏った〝ミータリアン〞は、さすがに健康的とは誰も思えないでしょう。
70年ほど前から肥満や慢性病などの〝不健康〞が急速に蔓延し始め、社会問題化したアメリカで、動物系食品が元凶としてやり玉にあげられてきたのは、無理ないことかもしれません。こうした風潮に加え、動物系食品、特に赤肉を多く食べると、インスリン様成長因子の生産が促され、がんの増殖が刺激される恐れがある、という研究報告や、肉などに多く含まれるアミノ酸の一種であるグルタミン酸を過剰に摂取すると、やはりがん腫瘍の増殖を刺激する可能性がある、という研究報告が最近あるため、メキシコ・ティワナの代替医療のクリニックでは、基本的には動物系の赤肉を極力控えることにしているようです。
ところが、動物系ばかりのミータリアンの反省から、植物系がいい、という発想で生まれた植物油の普及は、オメガ6の過剰摂取、酸化のしやすさ、トランス型脂肪酸という数々の問題を生み出しました。
また、植物系だけのヴィーガン食を見ると、その最大の難点は、タンパク質、アミノ酸の摂取がどうしても低くなりがちなことです。アミノ酸は私たちの体の最も主要な構成材料であるうえ、体の様々な機能を仲立ちする何種類もの酵素(こうそ)、細胞間の情報伝達物質などのほとんどはアミノ酸でできていることから分かるように、アミノ酸なしでは、肉体の生命活動が不可能ですし、肉体の存在自体が成り立ちません。
ですから、アミノ酸不足は極めて深刻で、そのため私たちの体は、使われなくなった、あるいは使い物にならなくなった酵素などを分解して、そのアミノ酸で別な酵素を作るなど、アミノ酸を何回でも再利用し、アミノ酸不足に対応する仕組みを持っているほどです。そこで、ヴィーガン食では、植物系でも比較的タンパク質の多い、つまりアミノ酸を多く含む穀類、豆類をうまく組み合わせ、効率的にアミノ酸を摂取する工夫が求められます。ただ、特に穀類が多くなると、どうしても糖分の比率が高くなりがちです。

ヴィーガンのもうひとつの難点は、植物系食品がほとんどビタミンBを含んでいないことです。ビタミンBは、DNAの合成に関与しているうえ、脂肪とアミノ酸のエネルギー代謝を補助しているほか、特に重要なのは、神経の正常な機能を支えていることと、赤血球の成熟を助けていることです。ですから典型的なビタミンBの欠乏症は、疲れ、無気力、うつ、もの覚えの悪さ、息切れ、頭痛などで、躁病(そうびょう)や精神病を引き起こす可能性もあるようです。このため、ヴィーガン食を実行するのに、ビタミンBをサプリメントで補充する人も多いようです。基本的にはヴィーガンの「ゲルソン療法」も、子牛などのレバー・ジュースをたくさん摂取しました。動物がビタミンBを一番蓄積しているのはレバー(肝臓)です。
ティワナのフランシスコ・コントレラス博士は、「理想はヴィーガンで、なおかつ糖分の低い食事ですが、これは多くの人が続きません。食事は長期的に生存率を高めるために、最も重要な要素だと思います。ですから、いい食事といっても、長く続く現実的なものでないと、あまり意味がありません。そのため、野菜中心に変わりはありませんが、がんの患者さんでも週に4回は、少しずつですが、動物の肉を出すようにしています。これで肉を食べている気になり、続けやすくなります」と打ち明けます。
ティワナで代替医療の経歴が最も長い医師の一人、ヘルベルト・アルバレズ医学博士も、「がん患者さんには、最も大切な食品はオーガニックの野菜で、赤肉は食べないように指導していますが、魚介類や、皮を取り除いた鶏肉はいいでしょう」と提言しています。
市販の肉や魚介類で注意が必要なのは、ホルモン剤や抗生物質を多量に使っていることです。ホルモン剤を摂取すると、からだのホルモンバランスが崩れる恐れがあり、抗生物質は多くの腸内細菌を殺傷し、いわゆる〝悪玉菌〞の勢力を強めることになりかねません。
〝善玉菌〞や〝悪玉菌〞のバランスが整った腸内細菌群からは、私たちの免疫を増強する様々な物質が作り出されているほか、最近注目が集まっている短鎖脂肪酸が作り出され、これが大腸がんの発生を抑えるのではないか、という研究が進んでいます。腸内細菌のバランスは私たちの健康に、大きな影響を及ぼすようです。
ですから、抗生物質が多量に使われている可能性が高い養殖ではなく、野生の魚介類を手に入れたいものです。また、牛肉なども、とうもろこしなどの穀類を与えられて大量生産されたものより、自然に牧草で育てられたもののほうが、抗生物質やホルモン剤を使う可能性は低いようです。また、牧草で育った〝グラス・フェッド〞の肉は、穀物で育った肉に比べて、長鎖脂肪酸など油脂の含有率が低いうえに、炎症の増進や血管の収縮を促すように調整する物質のもとになるアラキドン酸の比率も比較的低いのが特徴です。
また鶏も、狭い場所に閉じ込められたものは抗生物質を使っている可能性が高いほか、自然に放し飼いで育てられたものと比べたら、「卵の栄養価がまるで劣る。鶏肉でも卵でも、放し飼いのものを是非入手してください」とロドリゲス博士は勧めています。ともかく、いいバランスを保つには、野菜をたっぷりと食べること、動物性食品は食べ過ぎないほうがいいようですが、食べるなら、いい食材を選びたいものです。